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音楽がなけりゃ人生じゃない

マービン・ゲイ(Marvin Gaye)「Save The Children 」~心が震えます

 

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今回は、ソウルのレジェンド、マービンゲイ。初めて彼の曲を聞いたのは小学6年。でもスモーキンロビンソンが歌ってました「セクシュアル・ヒーリング」。

セクシャルの意味は分かった(なんとなくエッチくらいですが)けど、ヒーリングの意味が分からず、フィーリングと勝手に変えて解釈してました♡ 

 

プリ様とは違う意味で、だれもが認める天才なんだと思います。マービンゲイの曲も「これがお勧めよ!」と一つだけに決められれないですね。。どれを聞いても、止まらなくなり、今日は4時半に目が覚めてしまって2時間聞き続けています。。

 

※プリ様はプリンス様です。
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音楽界に永遠に残る名曲「ホワッツ・ゴーイン・オン」を残したマービンゲイの概略

マービンゲイ。

この名前を知らない世代でも、What's going on(ホワッツ・ゴーイン・オン)はご存じじゃないでしょうか?数々のアーティストが、カバーしていますよね。

そして名前をご存じの人は、彼のその衝撃的な最期もご存じでしょう。実のお父さんに銃殺されるという最後。

 

  • 出身 アメリカ合衆国 ワシントンD.C
  • 誕生 1939年4月2日
  • 活動 1958年 - 1984年

父親のDVにおびえた幼少期

ソウル、ニュー・ソウルの申し子(Prince of Soul)と呼ばれた天才、マーヴィン・ペンツ・ゲイ・ジュニア(Marvin Pentz Gay, Jr.)。

マービンは不幸な子供時代を送ったようです。その原因は父親です。牧師でありながら今でいうDV加害者である父親。父親からの虐待からマービンの精神を救ったのは音楽。教会での音楽活動に日々の癒しを見つけたといわれています。

そんな父親に45歳という早すぎる死を選ばされたマービン。子供のころといいひどすぎる。。

またパーソナルライフとしては、最初の妻がモータウン社長の妹だったことも有名ですね。これは、彼の音楽活動にも影響(良くも悪くも)しているようです。そらそうだ。モータウンのスター歌手ですもんね。

 

結局この妻とは離婚してしまいますが、その結果、借金が残ります。その借金のために書いたのではと言われる楽曲もありますしね。

 

 

高校生までは教会の活動にとどまっていたマービンの聖歌隊での音楽活動は、高校卒業後にR&Bやドゥーワップといったジャンルに広がります。ちなみに、彼はドラマーとしてもピアニストしても才能を発揮し、たまに自分の楽曲でも弾いてるのはマービン自身だったりするみたいですね。

 

モータウンのスターに

17歳で父親から逃げるように軍に入隊します。でも、精神的疾患があるということで除隊することになっています。

その後、1950年終わりのころには、ニュー・ムーングローズ(The New Moonglows)のメンバーとなり、その才能はほどなくして、のちのモータウンの社長の目に留まります。

 

 

1962年の初のソロヒット「ヒッチハイク」までは大きなヒットはないマービン(まだ22歳くらいの初ヒット)でしたが、スティービーワンダーやダイアナ・ロスが初代メンバーの一人だった女性黒人ボーカル・グループザ・スプリームス(The Supremes)などとのセッションに参加しています。

「ヒットハイク」の後60年代はダイアナ・ロスやマリー・ウェルズとのラブソングのデュエット曲を残しています。なかでも、「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」などのヒット曲を共に放つこととなったタミー・テレルとのデュエットは、マービンの人気を不動のものにするきっかけとなったといわれています。

60年代のヒット曲「悲しいうわさ(I Heard it Through the Grapevine)」、「キャン・アイ・ゲット・ア・ウィットネス」は、この時期のモータウン社にとってもベストヒット曲でした。

 

友人の死、ベトナム戦争

なおタミーとは恋愛のうわさもあったようですが、友人だったという線が強いようです。タミーは若くして脳腫瘍で亡くなってしまい、この親友の24歳という早すぎる死はマービンの心にまた影を落とします。女性ボーカルとのデュエットはその後していません。また音楽活動も一時休止します。

 

その後、1970年代に入ると、アメリカはベトナム戦争により社会に波が立ちます。マービンも自身の弟が出征。それが彼の音楽に大きく影響します。

そして作ったのが「ホワッツ・ゴーイン・オン」。反戦、社会問題を訴えたメッセージ性の強いこの曲。当初はレーベルからのリリースを許可してもらえなかったそうです。でもいったんリリースされば、歴史に残る大ヒット。

 

同名のアルバムも1971年発売されます。社会性の強いこのアルバムの中の「マーシー・マーシー・ミー」(Mercy Mercy Me (The Ecology))」も、マービンゲイそのものを知らなくても耳にしたことがある人は多いのではないでしょうか。この曲は環境問題に訴求しています。

 

わたしが初めてこの曲を聞いたのもマービンではなく、ロバパさまでした。(ロバパ様のカバーが、カバーされたこの曲の中で最高の仕上がりだと思います!!)

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セックスシンボル

 

マービンゲイといえばソウルの神さまですが、他にもセックスシンボルと呼ばれていたのをご存じですか?

 

マービンは、モータウンの黒人女性購入客のアイコンとされていました。

政治色の強い「ホワッツ・ゴーイン・オン」。セックス・シンボルだったマービンが初めて見せた暗い影としてファンに映ったことでしょう。

その後1973年9月ごろからチャートに入り始めた「Let’s Get It On」なんかも、日本語だと、一発やろうぜ・・的なタイトルで、エッチな感じですし、そのあとの「I Want You」、70年代終わりの「セクシュアル・ヒーリング」と続きます。

 

内容的には、おバカな性の追及も、彼の才能によって素晴らしい音楽になってますよね。でも、本人は父親からの幼少期の虐待により性的な問題を抱えていたとも言われています。

 

鳥肌の立つマービンの訴えかけるような歌「セーブ・ザ・チルドレン」

その中で、いろいろある中で、今回聴きたいのがSave The Children.同じ名前のNGOがありますよね。子供たちを救おう。


Marvin Gaye - Save The Children (Original Detroit Mix)

 

この曲はアルバム「What's going on」通しで聴くのがお勧めです。アルバムを通して聴くことで、全体が映画フィルムのように映像さえ見えてくるようです。

この曲はアルバムでは「Flyin' High (In the Friendly Sky)」の次です。この曲もつらい曲。ベトナム戦争から復員した兵士たちがドラッグ漬けになってしまっている状態を歌っているそうです。

 

そのタイトルの通り、優しい歌です。ボーカルのバッグに、ソフトなマービンの語りが入ります。語りというか叫びに近いかもしれない。丁寧に丁寧に、柔らかい布で子供たちを包み込むような思いで、コーラスを重ね合わせたのではないでしょうか。

 

それの裏を、(すいません、わからないんですが、、)何かアフリカっぽい打楽器が早いビートで、でも柔らかい、破裂音のない音で、流れていき焦燥感も感じます。

 

曲の始まりから、早く、早く救わないとと追い立てます。

 

2:28の頃には声も強くなります。

 

Let's save the children. You will save the baby, all of the children.

そうだよ、あの子たちを救わなければ…と。

 

そして3:10には、がっくりと項垂れたマービンが思い浮かぶようにスローテンポになります。何かが終わったよう。

 

But who really cares.

 

いったい、だれがそうしてくれるのかと。

 

意外にも性格悪し・・?

と、この素晴らしい才能と人格は必ずしも一人の人間に共存できないようで、マービンは非常に嫉妬深く、また猜疑心の強い人間だったといわれています。

1回目の結婚はマービンと、奥さん双方の暴力でうまくいかなくなったともいわれていますが、マービンは離婚の後から自殺未遂も3回繰り返しています。

またマービンは生涯を通してドラッグ依存がありました。

2度目の結婚が終わったのは、彼のドラッグによるトラブルところが大きかったといわれています。

幼少の父親からの暴力の影響が大きいんだろうな、と思うと、抱きしめてあげたい気持ちになります。。

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